氷もお湯も同じ水の分子からできているが、氷を構成している水の分子はゆっくりと運動しており、お湯を構成している水の分子は激しく運動している。この違いが「温度」の違いとなってあらわれる。さて、簡単のため、大きな箱に水の分子がいっぱい入っていて真ん中で壁で区切られているとしよう。左半分は氷の部分で水の分子がゆっくり運動している。右半分はお湯の部分で水の分子が激しく運動している。壁が取り除かれると(つまり、お湯が氷の中に入れられると)速度の早い分子と遅い分子はあっという間に混じってしまい、全体が一様になってしまう(つまり、水)。氷がお湯の中に入っても融けないためには壁をとった後も速度の遅い分子は部屋の左半分、速度の早い分子は部屋の右半分、にとどまり続けなくてはならない。これがどれくらいの確率で起きるか計算して見よう。水の分子の運動はランダムだから、簡単のため、右の部屋と左の部屋を同じ確率で行ったり来りするとしよう。さて、この時、水の分子が全部で20個あり、そのうち半分の10個が氷となるべき速度の遅い分子であり、残りの半分の10個は湯となるべき速度の早い分子としよう。ランダムに右の部屋と左の部屋に行ったり来りしている20個の水の分子が左の部屋に速度の遅い10個の分子、右の部屋に速度の速い10個の分子というふうに別れる可能性はどれくらいだろうか?20個の分子はそれぞれランダムに右に行ったり左に行ったりするのだから、右の部屋にいる確率は2分の一、左の部屋にいる確率も2分の一。よって、速度の遅い分子10個が左の部屋にいる確率は2分の一を10回かけて1024分の一、同じく速度の速い分子10個が右の部屋にいる確率も1024分の一。両方が同時に起きるためにはこれらをかけて大体、100万分の一になってしまう。
 実際には、僕らが目にする一滴の水の中には10^{23}個というとてつもない数があるから、これらの分子が半分ずつ右と左の部屋に別れる確率は大体、10^{10000000000000000000000}分の一位である。宇宙の年齢はたったの10^{18}秒 しかないことを思えば、分子がどんなに素早く部屋を行ったり来たりしようとも(たとえ、光より速く動こうとも)、部屋の大きさがどんなに小さくても、一度お湯に融けた氷が元に戻ってお湯と氷に別れるということは絶対にありえないことがわかる。
 これが、一度お湯に融けた氷は決してもとには戻らない、ということの意味である。そして、程度の差こそあれ、これはサルがハムレットを打てるかどうか、というのと同じように確率的なことでしかない。宇宙の年齢に比べてわずかな確率でしかありえないことは物理学的に見ても「法則」の名がつけられるほど決して起きない事とみなされているのである。