飛ぶ能力=羽、をミツバチ達がいかにして集団行動に役立てることができたか、について続きを話しましょう。集団で行動するためにはコミュニケーションが最も大事であることは間違いないのですが、だからと言って、言葉が全てなわけではありません。特に、巣の形態が非常に特殊な物になりました。一匹で暮らしている蜂では、巣は必要ないか必要があっても子孫を作る時だけ、と言うのが通常です。しかし、何万匹もの個体が協同生活を送るとなると、野外で暮らすのは不便ですし、外敵に対する防衛と言う意味でも有利ではありません。そこで、多数の個体が一ヶ所で暮らせるように巨大な巣を作る必要にせまられました。その要請の結果があのきれいな蜂の巣構造です。この大変効率のいい構造は一方で別の問題を生み出しました。換気が悪く熱のこもりやすい構造になってしまったのです。巣の中で子供を育てますし、蜜や花粉を蓄えておくので通気が悪いと痛んでしまいます。この問題を解決するのにも、ミツバチ達は発達した羽の力をうまく利用しました。非常に多数のミツバチが協同して羽ばたくことにより風の流れを作り出して換気をするのです。これは非常に不思議なことです。多数のミツバチがこの作業に参加するので、どの一匹でさえ、全体の状態は知り得ないはずです。にも関わらず、全体として一定の方向の風の流れを作り出します。その力は強力で炎天下でも、密閉されているはずの巣の中が外気温より決して高くならないようにすることが可能です。ミツバチの集団は俗に「リーダー無き社会」と呼ばれていますが、もし本当にリーダーもなく、この様な協同作業が達成されるなら、まさに驚異としかいう他はありません。そこには人間には知り得ない群としての知性、「超知性」が働いているのかも知れません。この辺については全くの未解決の問題です。
さて、熱い時の話しばかりして来ましたが、寒い時はどうするのでしょうか?多くの虫たちは蛹や卵の形で冬を越しますが、「アリとキリギリス」の童話にもあるように、集団でいきているミツバチもアリと同じく成体で冬を越すことができます。この時も羽の力(実際に羽ばたくのではなく筋肉を震わせるだけですが)を利用するのです。ミツバチの飛翔能力は大変優れているので、羽ばたく力も大変強いのです。冬になり、気温が下がり始めると、ミツバチ達はこの発達した飛翔筋からの発熱を利用して、巣の中を暖めます。冬山で遭難した登山者が体を暖めるのにお互いの体を摩擦し合うのと同じだと思えばいいのですが、それに比べればずっと強力で厳冬下でも巣の中心部では30度、外縁部でも15度程度の温度を維持することができます。さすがに、冬の間は育児は行なわれず、その代わり、蜜蜂たちの寿命が伸びるようです。寒さ厳しい冬期より、激務に晒される夏期の方が寿命が短いとは。働きバチとはよく言ったものです。
このような高温を出すことができることもさることながら、温度制御をどの様に行なっているのかは実に驚異的です。まず、やたらと温度を上げ過ぎるのは得策ではありません。蓄えた蜜を消化しながら発熱するのですから、長い冬を過ごす間、「燃料切れ」は絶対避けなくてはなりません。凍死しないが不必要に暑いわけでもない最適の温度を維持しなくてはなりません。ところが、個々のミツバチが勝手にこのぎりぎりの温度を目指したのでは絶対、うまくいきません。外気に近い巣の外縁部では比較的温度が下がりますから、この部分を死なないぎりぎりの温度にする必要がありますが、そのためにはまさに巣全体としての超知性の様なもの、あるいはそこまでいかなくてもセンサーつきの小さなヒーターを並べて、一定温度を保つという何らかの仕組みが必要です。これは人間にとっても簡単なことではありません。
最後に、ミツバチ達が見つけた羽(あるいは飛翔筋)の究極の使い方をお見せしましょう。一般にセイヨウタンポポとニホンタンポポの例に見るまでもなく、外来種が在来種を駆逐してしまうことはよくあることです。ミツバチの場合も在来種のニホンミツバチがいますが、明治以後、養蜂により有利なセイヨウミツバチが大量に導入されました。ミツバチは放し飼いですから、野性化を防ぐ統べは無いはずですが、ニホンミツバチはセイヨウミツバチに駆逐されてしまうことはありませんでした。なぜでしょうか?それは、オオスズメバチという天敵に対してセイヨウミツバチ達はなす術を知らないからです。オオスズメバチは大きな巣を作るやはり社会性の蜂の一種で、攻撃も組織的です。自分の体の何倍もあるオオスズメバチが大挙して襲ってきたらミツバチの巣などひとたまりもありません。あっという間に(わずか数時間で)全滅してしまいます。残された巣は無抵抗の蛹と幼虫、そして蓄えた蜜の貯蔵庫であり、オオスズメバチの凌辱のままになってしまいます。
これに対し、ニホンミツバチは様々な有効な対応策を編み出しています。相手を物理的に攻撃します。。ミツバチの物理攻撃というと針を思い浮かべがちですがこの場合はそうではありません。羽の力を用いた攻撃を行なうのです。その秘密は飛翔筋の発熱能力にあります。これはごく最近まで知られていなかったことなのですが、スズメバチはミツバチに比べて少しだけ熱に弱いのです。オオスズメバチは45度から47度の高温に晒されると運動不能になり、そのままの温度で10分ほど晒されると死んでしまうのです。これに対し、ミツバチが運動不能になる温度はこれよりわずかに高く、48度くらいです。この温度差と飛翔筋による発熱の組合せでニホンミツバチはオオスズメバチを殺すことができます。
オオスズメバチが巣に侵入するととニホンミツバチはオオスズメバチに取りついて 蜂の球(video-9:QT2.1M)を作ります。そして、飛翔筋の発熱能力を使って、内部の温度を急速に上げます。1分もたたないうちに球の内部はオオスズメバチの致死温度46度に達し、その温度は20分ほど維持され、その間にオオスズメバチは敢なく昇天してしまうのです。この様な複雑な殺りく手段をどの様にして編み出したのかも謎ですが、わずか3度という致死温度の差の精度の範囲内でどうやって20分も温度を維持するのか不思議という他はありません。スズメバチの襲来がよく見られるようになる9月から10月の外気温は20度くらいですから,外と中の温度差は25度にもなります。この温度を維持するためにミツバチはどの様な温度制御を行なうのでしょうか?ここにも何か集団知性のようなものが働いているような気がしてなりません。
ミツバチ達がどのようにして集団活動に適応し、「超個体」としてのアイデンティティーを獲得したかをその卓越した飛翔能力を中心に述べてきました。まだ、他にもミツバチ達の「超個体」としての不思議な振舞いはあまたあるのですが、切りがないのでこの辺に致しましょう。より詳しくは「ミツバチのはなし」(酒井哲夫 編著、技報堂出版)や「養蜂の科学」(佐々木正己 著、サイエンスハウス)などの本をお読みになって下さい。それでは、また、何かの機会にお会いしましょう。御静聴ありがとうございました。