ミツバチの生態について詳しく述べるのは本稿の範囲を外れますが、解説の中で述べられなかったことを中心にお話しましょう。ミツバチはすべて、女王バチが生んだ卵から生まれます。受精卵なら雌に、無精卵なら雄になるのは解説で述べた通りです。受精卵からうまれた雌は基本的にみな同等ですが、大量のロイヤルゼリーを与えられた場合のみ、女王バチとなり、残りは全て普通の働きバチとなります。働きバチの寿命は盛んに蜜を集める時期の春から夏にかけては1カ月ほどですが、その間中、蜜を集めているわけではありません。若いうちは、主に、乳母の役割を担います。頭部にある「乳房」から「ミルク」(実際はロイヤルゼリーですが)を出して、幼虫に与えて育てます。歳をとってくると、ミルクは出なくなりますが、代わりに蜜を熟成させる酵素を出すようになります。一つ、面白いことは、この役割分担は絶対的なものではなく、あくまで相対的な年齢できまるということです。恣意的に若い働きバチを取り除いてしまうと、その巣の中ではロイヤルゼリーの作り手が居なくなるわけですが、それで、幼虫が育てられなくなるわけではなく、既に乳母の役割を終えてしまった歳を取った働きバチが再び乳母役に復帰してミルクを出すようになります。この様なところにもあくまで集団としてのシステムの一部として生きるミツバチの性質が現れています。
女王バチの方はひたすら卵を生み続ける単調な生活ですが(交尾や分蜂の時を除けば)働きバチは1カ月の短い人生を目まぐるしく駆け抜けます。若いころは巣の中で育児、掃除、授乳、巣作りに従事します。低温にも弱く、巣の外には出ていけません。歳をとるに連れて低温に強くなり、出入口のそばまで行けるようになり、門番などを勤めます。更にたくましくなると、外へ出かけて、盛んに蜜や花粉を集めるようになります。その間、卵のある巣の中心部から外縁部へと居住区も移動していきます。働きバチの末路は悲惨です。蜜や花粉を集めに出かけている時、いつか力つきて死ぬのです。「過労死」が問題になっている我々日本人としては他人ごとではありませんが、仕事中毒の人を「働きバチ」と呼ぶのは言い得て妙かも知れません。ですが、過労死すれば悲惨なだけの我々人間と違い、働きバチは幸せかも知れません。「超個体」や「超知性」の一部として生きる彼らには短いけれども満足で充実した一生かも知れません。なにしろ、彼らは父親が違うとは言え、本当の意味での「家族」の中で一生を過ごすのですから。