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     インタラクティブ・サイエンス・コラム・メイル

           1997/11/15号 (不定期刊)

     本日のお題:トンネル効果の真実

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 トンネル効果、という言葉を御存じだろうか?これをわざわざ読んでおられるような方々なら意味はともかく、名前くらいはお聞きになられたことがあるのではなかろうか。トンネル効果、とは量子力学の用語である。シュレディンガーの猫、にかこつけて語られることが多い不確定性原理と並んで、量子力学の神秘性を強調するときに代表としてあげられる概念のひとつである。
 ものの本にはよく、こんな解説が書いてある。「トンネル効果は非常に弱い効果だがこれが強くなって我々の日常でも見えるくらいになったら、どうなるかを考えてみよう。高い塀の向こう側の地面に玉が落ちているとしよう。普通なら、この玉を手にしたいならば、塀を乗り越えて向こう側に行ってとってくるか、塀に穴を開けるしか方法は無い。しかし、トンネル効果が働くと、ただ待っていればこの玉は手に入れることができる。十分長い時間がたてば塀の向こう側の玉は塀越しに『しみ出して』塀のこちら側にやってくる。それはあたかも、塀に見えない穴=トンネルが開いているかのように見える。そこで、この効果をトンネル効果、という。」この説明は勿論、正しいのだがこれではトンネル効果は壁ぬけの魔術みたいなものにしか感じられず、なんだかよく解らないだろう。
 トンネル効果が強くなったときに最初に起きることは実際には壁ぬけでは無い。さて、壁の向こうの玉はなぜ、向こう側にあって手が届かないのだろうか?静止しているからである。もし、玉が動いてて、しかも、ポンポンバウンドするほど動き回っており、しかも、そのバウンドの高さが塀の高さより高ければ、いずれ、塀を飛び越えてこちら側にやってくるかもしれない。これがトンネル効果の真実である。本当は止まっているはずのものが動き出して塀を乗り越えてやってくるのがトンネル効果である。決して壁ぬけをするわけでは無い。
 トンネル効果を使えば、坂を簡単に乗り越えることもできる。どんなにゆっくり自転車をこいでいてもいつの間にか自転車の速度が速くなり、知らないうちに坂を乗り越えて、反対側の坂のふもとについている自分に気付くだろう。つまり、トンネル効果とは「自分が持ってもいないエネルギーがどこからともなく湧き出てきて出来ないことをできるようにしてしまう」効果なのである!
 それはすごい、これでエネルギー危機は解決だ、と思うかも知れないが、残念なことにそうは行かない。どこからともなく手に入れたエネルギーはすぐになくなってしまうのである。エネルギーを使うことができるのは一瞬だけである。上述の自転車の例ならば、坂を乗り越えることは出来ても坂のてっぺんに立ち止まることは許されない。塀の向こうの玉ならば、こちら側に玉がやってきたときには既にバウンドは終わっており、地面にころがっているただの玉に戻ってしまっている。トンネル効果のくれるエネルギーは一時の借り物、うたかたの夢に過ぎない。
 さて、じゃあ、壁ぬけのたとえ、は全く嘘だったのだろうか?そんなことはないのである。あれはあれで正しい。壁ぬけもまた、「自分が持ってもいないエネルギーがどこからともなく湧き出てきて出来ないことをできるようにしてしまう」という解釈で理解できないことは無いのだ。玉はどうして壁をつきぬけられないのだろうか?それは玉が壁を通り抜けようとすると、壁を作っている物質にぶつかるからだ。しかし、物質にぶつかるとはどういうことだろうか?皆さんも御存じかも知れないが、物質をつくっている原子は原子核とそのまわりを回る電子からできているのだが、この原子核と電子の間はうんと離れている。だから、密度、という意味では、物質はすかすかなのだ。玉を構成している原子と塀を構成している原子がお互いをすり抜けられてもちっともおかしくない。これが出来ないのは原子どうしの間に強い反発力が働くからだ。だから、物質と物質はお互いにすり抜けられない。
 トンネル効果を使えば、この強い反発力に打ち勝つ大きなエネルギーを得ることができる。それは勿論、一瞬なのだが、それでも、その短いあいだにとおり抜けることが出来ればそれは「トンネル効果による壁ぬけ」ということになるだろう。だから、トンネル効果による壁ぬけはたんなる例えでは無くてトンネル効果が強ければ本当に起きることなのだ。ただ、自転車が坂を登るのや玉が塀をバウンドして乗り越えるのに必要なエネルギーに比べたら、壁抜けに必要なエネルギーはずっと大きい。だからこそ、トンネル効果が強くなったとき、最初に起きることは、壁ぬけではなく、壁越えや坂越えの方なのだということだ。
 幸いにも(そして残念なながら)トンネル効果は弱く、我々は坂を労せずして越えることは出来ない。しかし、これは決して悪いことではないだろう。大きく窓の開いた部屋で寝つき、目が覚めたら「バウンドして」家の外にほうり出されていた、という体験は誰もしたくはないだろうから。それよりは汗をかいても坂を苦労して登った方がいいというものだろう。ちがいますか?



○インタラクティブ・サイエンス・コラム・メイル1997/11/15

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